急場しのぎの消毒用アルコール
Mar.27 2020
Takayuki HOSODA
Alcohols
If you do not have disinfection ethanol, why not use Spirytus?
消毒用エタノールが無いのならスピリタスを使えば良いよね?

新型コロナウイルス(COVID-19)についての詳しい情報は、mhlw.go.jp をご確認ください。
厚生労働省 ‐ 新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)

2020年3月後半には COVID-19 がパンデミックな様相を呈してきて、 消毒用エタノールのみならず業務用に使用している無水エタノールも入手困難となってきました。 それで貴重な無水エタノールを消毒用ごときに使いたくないので、リカーショップに行ってスピリタスとスミノフ No.21(青)を調達してきました。
Votoka
私見ですが、古くから消毒薬として用いられているスピリタス等のウォッカは何段もの活性炭によるろ過行程を経て作られているため安心感があります。 一方、それ以外の蒸留酒はアルコール度数が高くとも残渣が心配であまり使いたくありません。
消毒用エタノールというのは、エタノール分子と水分子が 1:1 で層状になっているときにエンベロープ型のウイルス*1に最も有効だそうですので、エタノールの分子量が 46.0 と水の分子量が 18.0、エタノールの密度が 0.789g/ml として、
(46.0 / 0.789) / (46.0 / 0.789 + 18.0) ≃ 76.4v/v% … (1)
に調剤すれば良い*2ということになります。
スピリタスをスミノフNo.21(青)で希釈するのは、精製水や飲料水で希釈するより出来上がり総量が多くできるのと、混合比の誤差に対する感度が低くなるのと、飲料として売られているものなので食品衛生上の安全が担保されているという理由からです。 もしスミノフのアルコールと水以外の部分が気になる場合はもちろん、精製水を使うのが正しいです。
スピリタスが 96v/v% 、スミノフNo.21(青) が 50v/v% でそれぞれ 500ml と 750ml 入りです。スミノフNo.21(青) を半分混ぜても
(0.96 * 500 + 0.50 * 750 / 2 ) / (500 + 750 / 2) = 76.3v/v% … (2)
でほぼほぼいけますね。消毒用エタノールの標準濃度*3の 76.8〜81.4v/v% にこだわるならスミノフNo.21(青) を 250ml にすれば
(0.96 * 500 + 0.50 * 250) / (500 + 250) ≒ 80.7v/v% … (3)
になります。実はこの割合で作るのが簡便で、750ml入りのスミノフから500mlを他のお酒の空き瓶か何かに分けておいて、 空いた500mlのところへ500ml入りのスピリタスの瓶からスピリタスを全部入れればそれで出来上がりで、 また空いた500mlのお酒の空き瓶が得られます。 次に作るときには空になったスミノフの瓶にスピリタスを入れてから元の750mlの容量になるまで、 前回取っておいたスミノフを入れれば出来上がり。その次も同様で簡単です。
500mlのスピリタスをスミノフNo.21で希釈したときのアルコール濃度
Alcohol density of the mixture
2液混合の計算
溶液Aの濃度    v/v%
溶液Aの体積    ml
溶液Bの濃度    v/v%
溶液Bの体積 (Vb)    ml
混合溶液の濃度 (Cm  v/v%
混合溶液の体積    ml ※減量する場合があるので目安です
溶質Aの濃度配分    v/v%
溶質Bの濃度配分    v/v%
消毒用エタノールが通常ならおよそ 1463円/500ml のところが (4000円)/750ml(@80.7v/v%) で、ml単価2.9円くらいのところが5.3円くらいで済むので、COVID-19でエタノールが高騰して入手困難な状況では十分安いと言えるでしょう。
Screwdriver
余ったスミノフNo.21 はエンジニアならスクリュードライバー*4にでも使いましょう(私は飲めないけど :-)

追補

もし、高純度のイソプロパノール (2-propanol) が入手できるのであれば、20v/v% イソプロパノール添加 63v/v%変性エタノール液とした方がエンベロープ型ウイルスに対する即効性が大きく向上します。その場合、単純ヘルペスウイルス、サイトメガロウイルス、インフルエンザウイルスに於いてはウイルスの不活性化に要する時間が10秒以下という実験結果が得られています。[1],[2],[3]

因みに、市販の健栄製薬株式会社のエタノールIP液の組成は エタノール 76.9〜81.4 v/v% + イソプロパノール 3.7 v/v% となっていますが[6]、 ウイルスの不活性化に良好な結果が得られているようです[4]。 もし、試薬1級以上のグレードの 99.0v/v% 以上の高純度のイソプロパノールがあれば、 前述の (3) のスピリタス・スミノフ混合 80.7v/v% 液 750ml にイソプロパノールを 29ml を追加することで、 市販の消毒用エタノールIPと同程度の組成になります。
500mlのスピリタスに 29mlのイソプロパノールを加えたものをスミノフNo.21(青)で希釈したときのアルコール濃度
Ethanol-IP mixture density
※ 250ml のスミノフNo.21(青)で希釈するのが適量です
消毒用アルコールの噴霧では手指の皮脂や汗に混ざったウイルスは不活性化しにくいので、 目で見てわかるような汚れがある場合は特に、清潔な水とハンドソープでしっかりと ‐ ハンドソープで10秒もみ洗い後、流水で15秒すすぎを2回繰り返して [7] ‐ 洗うのが望ましいです。

Note

*1: エンベロープ型ウイルスの例 : 単純ヘルペス1型、サイトメガロウイルス、インフルエンザウイルス、RSウイルス、コロナウイルス等

*2: イソプロパノール (CH_3)_2CHOH) の場合は同様に、分子量 m = 60.1, 比重 d = 0.781 として、
(m / d) / (m / d + 18.0) ≃ 81.0v/v%
が適当な濃度になります。

*3: 消毒に使用するエタノールの至適濃度範囲は、日本薬局方では 15℃で 76.9〜81.4 v/v%に、米国薬局方である USP-NF では 68.5〜71.5 v/v% と定められています。WHO のガイドラインでは 60〜80v/v% になっています。
殺菌・ウイルス不活性化時間はエタノール濃度の低下とともの増加し、傾向として 70v/v% 未満では抗酸菌に対して効果が無くなり、60v/v%未満では真菌に、50v/v% 未満ではグラム陽性・陰性細菌、糸状菌、エンベロープ型ウイルスに対しても効果が無くなります。

*4: スクリュードライバー(ねじ回しのこと)は最初のウォッカべースのカクテルの一つでオレンジジュースとウォッカで作ります。 その由来は、"Vodka: How a colorless, odorless, flavorless spirit conquered America." の著者の Victorino Matus 氏によると
「ペルシャ湾の油田で働くアメリカ人が彼の粋で仕事中に彼らが飲むオレンジジュースにウォッカを足しました。
 スプーンがないので労働者たちはその飲み物をねじ回しで混ぜようと決めました。」(小生訳)
ということだそうです。

参考文献

  1. 梶浦工,青木孝夫,福武勝彦:低級アルコール製剤の消毒作用に関する検討(第 1 報).基礎と臨床 1997;31:23-29.
  2. 野田伸司,渡辺実,山田不二造,藤本進:アルコール類のウイルス不活化作用に関する研究−ウイルスに対する各種アルコールの不活化効果について.感染症学雑誌 1981;55:355-366.
  3. 佐藤隆一,和田英己,滝沢真紀 横田勝弘:各種アルコール系消毒薬の評価.医薬と薬学 2003;49:713-724.
  4. 山崎謙治 他:各種アルコール系殺菌消毒薬のウイルス不活化試験, 医学と薬学 48( 3 ):441-446,2002.
  5. 尾家重治 他:消毒用エタプラス W液の殺菌効果,化学療法の領域 18(10):101-104,2002.
  6. 健栄製薬, 消毒用エタノール液IP 製品情報概要
  7. 森 功次 他, Norovirus の代替指標として Feline Calicivirus を用いた手洗いによるウイルス除去効果の検討, 平成18年4月26日

外部リンク


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