シニアクラス・アナログ回路設計指針

細田 隆之

目次

  1. アナログ回路とは
    1. アナログとデジタルの違い
    2. なぜアナログ回路が必要か
    3. 電子回路の限界
    4. デジタル回路もアナログ回路
    5. アナログがデジタルになるとき

  2. アナログ回路設計とは
    1. 幅広い知識

  3. 設計をすすめる上で
    1. 部品選定の留意点
    2. データブック
    3. 先達の書いた回路

  4. 目に見えないもの
    1. 回路図に表れない部品
    2. 電子や電波の気持ちになって考える
    3. 部品の個性を知る−分解の奨め
      • 部品の個性を知る−コンデンサ
      • 部品の個性を知る−抵抗
    4. 回路の特性を知る−実験の奨め

  5. 雑音
    1. 自然の雑音
    2. 外来雑音
    3. 雑音指数
    4. 部品が出す雑音
    5. 歪み
    6. 環境問題としての雑音

  6. 過渡特性
    1. 電源投入、切断時
    2. 入力の急峻な変動時
    3. 飽和やカットオフ時

  7. 再現性、精度、安定度
    1. 素子感度
    2. 無調整化

  8. 熱設計
    1. 温度変化や熱の回路に対する影響
    2. 放熱設計

  9. 信頼性
    1. 故障率
    2. 故障モード
    3. 環境耐性
    4. フォールトトレラント
    5. フェイルセイフ
    6. 安全性

  10. 技術の継承
    1. その先に

1 アナログ回路とは

1−1 アナログとデジタルの違い

 一般にアナログというと連続的ということで、デジタルというと離散的というこ となのですが、それぞれの特徴と魅力はなんでしょうか。 アナログ情報の良いところは、いわゆる「生」の物理的情報ですから、その情報 の持つ全ての情報が含まれているというところです。しかし、雑音や歪みの影響を 受けると、信号とそれらの区別がつかないため、元の情報を完全に復元することは 出来ません。よく川が例えに出されますが、下流まで綺麗な水であるためには、上 流から下流まで一ヶ所も水を汚すものがあってはならないのです。  一方、デジタル情報に含まれる情報量は純粋にビット数と時間的分解能で決まり 雑音や歪みの影響を受けにくいところと、雑音などで誤った情報から元の情報を復元する 誤り訂正や、データ圧縮、暗号など適用できる広く豊富な符号理論が基礎として存在 し発展を遂げているところがデジタル情報の魅力でしょうか。

1−2 なぜアナログ回路が必要か

 自然の中の色々な量や情報、つまり物理情報は巨視的にはアナログ値をとるも のがほとんどですから、アナログ処理が基本になります。 たとえデジタル処理を行うにしろ、自然のアナログな値をデジタルに変換する処理が必要です。 デジタルに変換する理由は、適応できる豊富な数学上の処理が存在するのと劣化の影響の少ない伝送や保存ができるからでしょう。 速度や単純さでアナログ回路の方にメリットがある場合があります。 今は昔の話かも知れませんが、RGBからYIQの変換などの行列演算はデジタルで行うのはそれなりに大変 でしたが、アナログ回路ではオペアンプ数個でできてしまいますし、それなりに高速に動作させることができます。 デジタルに変換された信号も処理を行った後、またアナログ量に変換しないと役に立たない場合が多いので、アナログ回路が必要です。 人間はデジタル信号のインターフェースを持っていませんから、アナログ回路はいつの時代でも必要なのです。

1−3 電子回路の限界

 電子回路には様々な理由で限界があります。この限界を知っていないと実現不可 能な回路を設計したり、意味の無い物を作ってしまったりします。  例えば物理的な限界というのがあります。通常の設計では物理的限界に近づくの はそれなりに大変ですが、考慮しなければならないことです。物理的限界のひとつ に、kTB、つまりボルツマン定数、温度、帯域幅で表される熱雑音があります。 信号源抵抗が高い時や、FM信号のよ うに帯域が広い時には気になる雑音です。受信機のプリアンプを設計する時には、 宇宙の背景輻射の雑音温度以下が目標ですが、それ以下の物を作ってもあまり意味 がありません。光の速度は有限ですから、プリント基板やケーブル20cmほどで 信号が1ns遅れるのはどうしようもないことです。  他には、部品の性能限界による限界があります。年々、電子部品の性能は向上し ていますが、色々な制限のなかで設計することに変わりはありません。例えば、オ ペアンプの性能が良くなったとしても、100V100Aの出力なんていうのは非 現実的ですし、1Hのインダクタ、1Fのコンデンサなんていうのも、やって出来 なくはないけど、重さと体積とコストを考えると直接的に実現するのはスマートで はありません。微少な電圧を扱う時には、熱起電力による雑音が気になりますし、 アンプも入力換算雑音が500pV/√Hz程度以下のものになるとなかなか困難 になってきます。ダイナミックレンジも100μVから1Vまでを扱えるとして、 80dBくらいですから100dBを越える場合は限界がすぐそこに来ています。  電子の移動速度の限界と量子効果の弊害から、半導体素子の限界動作周波数も数 十GHz止まりです。何かの性能を犠牲にして目的とする処理の性能が最大になる ように妥協しているのが現状です。

1−4 デジタル回路もアナログ回路

 デジタル(論理)回路は、ブール代数と符号理論を知っていれば設計できそうな気がしなくもないですが、決してそうではありません。 クロック用の水晶発振回路などでロジックICの反転バッファーに負帰還をかけてアナログアンプのように使うこともありますし、 シュミット・トリガーゲートのヒステリシスを利用して弛張発振回路を構成することもあります。 エクスクルーシブ・オアゲートを周波数ミキサのように使うこともあります。 ゲートを通れば信号の遅延がありますし、負荷容量で遅延時間が変わります。 メタステーブル対策もアナログ的考え方の設計でしょう。 デジタル回路の代表格のように思えるダイナミック・メモリやフラッシュメモリも その内部でデータはメモリセルに電荷として保存されていて、それを読み出すセンス アンプは完全にアナログ回路と言えます。

 デジタル無線通信もデジタル信号は、デジタル変調回路を経て、多値QAMや OFDMといった、振幅や位相や周波数といったアナログ信号に変換されてから 伝送され、プリアンプやアナログ信号コンディショナを経てA/D変換されて 復調されてからデジタル信号に戻ります。

 クロックが30MHzを越えるようなデジタル回路では、(目安として大体、配線長がクロックの波長の1/100を越える場合には) 配線は伝送線路として設計し線路遅延や終端を考慮しなければなりませんし、配線間の結合や、デジタルICのリードインダクタの影響やデ カップリングコンデンサの配置にも気をつかいます。

 また、外来雑音や自分が発生する雑音の対策もアナログ的知識が必要です。 デジタル回路の設計で一番気を使うのは、遅延や反射、クロストークや不要輻射 など結局アナログ的なところなのです。 デジタル回路の配線で動作が速い部分だけでも1対1接続にして伝送線路として 設計し直列終端を行うだけでも大分不要輻射を減らす事ができます。 配線が並行しているのをみて方向性結合器と同じに思えればクロストークを減らすには どうすれば良いかは自ずとわかるはずです。

1−5 アナログがデジタルになるとき

 電流も非常に微少なレベルになってくると、1秒間に電子が何個流れたなんて話 しになってきて、電流は離散的に流れるようになります。レーザーの発振でも発振 モードが離散値をとります。でもこれらは、デジタルって言わずに量子的って言う のでした。


2 アナログ回路設計とは

2−1 幅広い知識

 アナログ回路設計とはなんでしょう。  「電気回路と電子回路と論理回路の違いは。」という質問にこういう答えがあり ました。「電気回路は、主に正弦波の電力を扱い、電子回路は、主に非正弦波の信 号を扱い、論理回路は、主に矩形波の符号を扱う。」  大抵のアナログ回路は、なんらかの物理量を主に電圧、または電流等に変換した後 に、しかるべき処理を行い、必要があればなんらかの物理量に変換して出力する事 になります。 直接的、間接的に色々な物理現象や物理量、場合によっては機械を扱うので、 幅広い知識が必要です。 「明らかに無関係な事柄から輝かしいアイデアが現われて 自分の分野を豊かにしてくれる」という言葉に私は共感を覚えます。

3 設計を進める上で

3−1 設計をすすめる上で

 アナログ回路を設計していく上で、使用する部品を選定する必要がありますが、 以下の様な点に留意して選定していきます。

データシートが入手できること。

 これがないと設計できません。

回路の要求性能を満たすのに必要十分であること。

 要求性能を満たすのに、必要な性能が無ければならないのは当然として、必要以 上の部品を選定してしまうと、ある特性は良いが、別の特性は劣っていたりします。 例えばA/Dコンバータで言えば、1%の精度で良い測定回路に、14ビットのも のは無意味ですし、気温のようにゆっくりした変化を測るのに1Mサンプル/秒の A/Dは不必要です。

安価であること。

 軍用や医療など信頼性を最重視する場合以外は、安価であることが重要です。同 じ性能をより安価に作れれば、市場での競争力が向上しますし、利益も得やすくな ります。

入手性が良いこと。

 いくら性能が良くても、入手が困難であったり、すぐに製造中止になる可能性の ある部品は採用しないようにします。大手メーカーの部品で、他のメーカーからも 互換品(セカンドソース)が出ている部品は、実績のある優れた部品−性能だけで はなく、使いよさとか信頼性の点でも−であることが多く簡単には廃品種にならな いことから安心して採用することが出来ます。家電メーカーの部品の場合、カタロ グやデータブックに載っていても、社内製品用に作っていて外部に販売していなか ったり、すぐに製造中止になることがありますので注意が必要です。ベンチャー企 業など小規模の会社の製品は供給の面で不安が残ります。しかし、本当に良い部品 であれば、比較的すぐに大手部品メーカーからセカンドソースが出てくるでしょう。

社内で標準品があれば、できるだけそれを利用する。

 コストや管理、入手の手間が省けるし、実績のある部品であることが多いため問 題が生じにくく、また問題が生じた場合でも解決の手段が判っている場合が多いの で、社内標準品があればできるだけそれを採用します。

使用する部品の種類を減らす。

 使用する部品の種類が減れば、入手や管理の手間が減りますし、誤実装などのト ラブルも減らせます。抵抗はE12系列、コンデンサはE6、コイルはE3系列で 済ませることができるのならば、そうした方が良いでしょう。

3−2 データブック

 アナログ回路に限らず、回路設計の時には使用する部品のデータブックを必ず参 照する習慣をつけましょう。人間は忘却する生き物ですから、思わぬ勘違いをして いることもあります。確認の意味でもデータブックを見る習慣をつけましょう。 また、普段からデータブックや新製品情報に目を通していれば、 設計の幅も自由度も広がっていきます。他のメリットとして、データブックには 使用上の注意点や参考回路、理論やアルゴリズムの説明などが満載されていて、 時として教科書より実用上の役に立つということがあります。 例えば、アナログデバイセズ社やナショナルセミコンダクター社(現テキサス・ インスツルメンツ社)のリニアデータブックやアプリケーションノート、 日本電気のトランジスタのデータブックなどは、 アナログ回路設計上の色々な理論やノウハウを勉強するのに最適なもののひとつです。

3−3 先達の書いた回路図

 ある回路設計を進める上で、参考になる回路があれば、じっくりその回路を読み ましょう。技術雑誌などに載っている回路図では、うその回路や非常識な回路もか なりありますので、間違い探しの気持ちを忘れずに読むことも重要ですが、設計者 がどういう意図でその回路を設計したか、動作原理はどうなっているか考え理解し ながら読むことは非常に勉強になるものです。それが趣味なのならば構いませんが、 すでに解決されている問題で、もう一度悩むことは文化への冒涜かもしれませんし、 なにより会社にかかるコストとあなたの人生の無駄になります。あなたが、「これ は新しい素晴らしい回路だ。」と思えるものを考え付いたとしても、もう一度、い ろいろ文献や教科書をあたってみてみましょう。私たちが考え付くようなことは、 大抵の場合すでに誰かが考え付いていることが多いものです。もしその回路が使用 されていないならば、なにか理由があってそうなっているのではないかと考えてみ ましょう。本当に、どこにも載っていない回路で、優れた特徴があるのであれば、 特許のチャンスです。頑張ってみましょう。ビジネスチャンスも広がるかもしれま せん。


4 目に見えないもの

4−1 回路図に現れない部品

 学校の物理の授業で、電流が流れるとそのまわりに磁界が発生するということは 教わったと思います。ビオサバールの法則なんていうのも、やったかも知れません。 また、閉回路を貫く磁束が変化すると、その閉回路に電流が流れることも、ご存じ のことと思います。他にも、2枚の金属平板を向かい合わせたコンデンサの説明も あったと思います。 物理で習ったこれらの事は、「電子部品のコイルには」とか「電子部品のコンデ ンサでは」ではありませんでしたね。つまり、長さがあればインダクタ、配線が平 行していればトランス、隙間があればキャパシタであるということです。 例えば、 太さが0.5mmくらいで長さが10mmくらいのリード線があったとすると、そ れは、およそ7.3nHのインダクタになります。高周波増幅用トランジスタのエ ミッタのリード線が10mmあったとして、100MHzだとリアクタンスは j4.6Ω、もう無視できない値ですね。(Note1)

 配線の長さも扱う波長に比べて1/1000くらいならば、つまりスミスチャー ト上での位相回転が1度未満ならば、無視できるとして、例えば、2.4GHz帯 において1mmの配線長は無視できるでしょうか。真空中で2.4GHzの波長は 125mm、テフロン基板上で90mmくらい、つまり約8度の位相回転になりま す。周波数が高い時には、はんだ付け部分くらいの長さすら無視できない程になる ということを理解しておきましょう。

 プリント基板表面に配線があれば、意図してにせよせざるにせよマイクロストリップライン等の 伝送線路を構成することになります。その伝送線路が終端されていたとしても、 準TEMモードで伝送されているため、波形の乱れや輻射があることにも留意する必要があります。 もし、グランドプレーン付きのコプレーナ線路になった場合には伝送線路の両端の グランドの電位が同じになっていないと、意図しないモードで励起して不要輻射の 増大となってしまうことがあります。 もし配線の裏側のグランドプレーンに不連続な部分があれば スロットアンテナのように動作して不要輻射の源となるのは当り前と思えるでしょう。 基板で作ったパッチアンテナやF型アンテナと そうでない配線のパターンとの違いは輻射効率の違いでしかないとも言えます。

 配線抵抗も忘れてはいけません、銅の比抵抗は常温(300K)で1.8×10^−8[Ωm]くらい(note2) ですから例えばプリント基板の銅箔の厚さが18μm、パターン幅が1mm、配線長が 100mmですと100mΩくらいになります。このパターンを流れる電流に5mA の変化があったとすると、500μVの雑音電圧が発生するわけです。これがマイ クロフォン入力など微少なところだと無視できない雑音源になりますし、アンプな どでは異常発振の原因になるかもしれません。

 はんだ付けのはんだの比抵抗は、銅に比べると一桁くらい大きく、接続抵抗が気 になる場合は圧着や溶着をする必要があるかもしれません。 プリント基板は、完全な絶縁体というわけではないので、高インピーダンスの回 路や高周波回路では特性が問題になるかもしれません。例えば1MΩの抵抗が実装 されていて、湿度や埃の影響で端子間の絶縁抵抗が100MΩ程度まで下がったと すると、もう誤差が1パーセントになってしまいます。紙エポキシや紙フェノール の場合は、エッチングの後処理の影響などで基板自体が吸湿しやすい性質がありま す。埃の吸湿などによる絶縁低下も考えられます。UHF帯以上の周波数では基板 の誘電損失が無視できなくなります。 がんばって1GHz帯まではガラスエポキシ(FR−4)、 無理して4GHzまではハロゲンフリーのガラスエポキシ(FR−4.1)、 3GHz〜10GHzは低誘電率低損失ガラス樹脂やPPOやテフロンガラス、 20GHzくらいまではテフロン基板が使えるでしょう。


Note1 : 円形断面の直線導体のインダクタンス
 L ≒ 0.2l(ln(4l/dー 0.75 + d/2l))
 L : インダクタンス [nH]
 d : 直径 [mm]
 l : 長さ [mm]

※表面実装のトランジスタを使用していて意図せずにエミッタの配線が10mmに なることは稀ですが、TO−92パッケージなどのリード部品では部品のリード線 と基板の厚みで10mmになるようなことはありがちなことでした。 それとは別に雑音指数NFに対して整合するためなど、意図してエミッタ(あるい はソース)にインダクタンスを設けることもあります。
Note2 : 銅の比抵抗
 1.55×10^−8 [Ωm] @0℃
 2.23×10^−8 [Ωm] @100℃

4−2 電子や電波の気持ちになって考える

 ちょっと慣れるとアナログや高周波の設計や実装において電子や電波の気持ちに なって考えることができるようになります。シールドケースが空洞共振を起こしそ うだとか、マイクロストリップラインが直角に曲がっていて角が落としていないと、 並列のコンデンサだなとか、信号線の裏でグランドプレーンに途切れるとスロット アンテナを励振しているようなものだなとか、 同軸からストリップラインの接合部でモードが変わる から反射が起こるなとか、コイル間の干渉や、トランスからの漏れ磁束なども感覚 的にわかるようになります。それは、物理的論理的に考え、多くの回路を設計し、 測定し、問題があれば論理的に原因を考え一つずつ解決していく間に身に付いてい くでしょう。

4−3 部品の個性を知る−分解の奨め

 部品の個性を知るために、部品を分解してみることをお奨めします。分解するこ とによって学ぶことは多くあります。ただしガス封入リレーや水銀スイッチ、今 となっては見かけなくなりましたがPCBを使用した古いコンデンサやトランス、液晶、絶縁体 に酸化ベリリウムを使用しているものなどは、破裂事故や、発ガン、肺気腫や中毒などの危 険を伴いますので分解は行ってはなりません。

 コンデンサ — 基本的な電子部品の中でコンデンサほど多種多様の物は無いでしょ う。これは、何にでも使える万能なコンデンサが無いということでもありますが、 それぞれの種類ごとの個性を知って特徴をいかす使い方ができ選択の範囲が広いと いうことでもあります。手持ちにフィルムコンデンサがあったら分解してみて下さ い。プラスティックフィルムが金属フィルムで挟まれ、ぐるぐる巻きになっている のが判ると思います。ぐるぐる巻かれている、ということは十分インダクタの成分 があるということですから、高周波には適さないのが判りますね。ところで、巻き はじめに片方のリード線が、巻き終わりにもう一方のリード線が圧着されているは ずですが、巻きおわりの外側になっている電極どちらのリードに接続されていまし たか。通常は、点などのマーキングで巻きおわりが表示されています。高インピー ダンス回路や微少信号を扱うところでは、巻きおわり側を低インピーダンス側に接 続するようにします。インバーター用などの高めの電圧と高めの周波数で使用される フィルムコンデンサは電極が積層構造となっていてインダクタンスと等価直列抵抗を 低減する構造となっています。

抵抗 — これも基本的な電子部品で多種多様の物があります。これも試しに分解し てみましょう。P型アキシャルリードのカーボン抵抗を用意して、 表面の塗装をはがしてみましょう。円筒型のセラミックの表面に抵抗体が焼き付け てあり、それに螺旋状に溝が切ってあると思います。ということは、インダクタの 成分があり、溝は分布容量になっているということが判ります。インダクタの成分 を減らし、容量を減らすために平板型になっている抵抗もあります。低抵抗のチッ プ抵抗は、周波数特性も良くUHF帯でも使用できるものとなっています。

その外の部品も、機会があったら分解してつぶさに観察してみましょう。 新しい発見があるかも知れません。余談ですが、電子回路の技術者も一つは 高品質の7倍〜10倍のルーペを持つことをおすすめします。 部品の実装やはんだ付けの確認や、故障や問題点の発見に必ず役に立つと思います。


4−3C 部品の個性を知る−コンデンサ

 主なコンデンサの種類と特徴、主な用途を次に示します。

積層セラミックチップ
標準的に使用される。リードインダクタが極少。誘電損失も少ない。小型。 HFからUHF帯で使用。小容量小型のものは非常に安価。 高誘電材料をしたものは大容量が得られ、1μF〜100μFといった大容量のものもあるが 温度とDC電圧の印加によって容量が大きく変化するため注意が必要。
ディスクセラミック
単板のセラミックコンデンサ。 高周波用には温度補償用の物が豊富にありHFからVHFで使用されていたが、 いまでは高圧用などの特殊なものを除きほぼ絶滅。
メタライズド・ポリエステルフィルム
パルス耐性が高く、自己回復特性があるため、ライン フィルタに良く使われる。おもに積層フィルムになっ ているため周波数特性もそれなりに良い。 誘電吸収がやや大きい。安価。比較的大容量まで入手できる。
ペタライズド・ポリプロピレンフィルム
誘電吸収が少ない。誤差1%のものなども入手可能。 損失が少ないため、高耐圧で大型のものはインバーター等の電源用や、 高いQが必要な数MHz程度までの共振回路に利用される。 小型のものはサンプル&ホールドや高精度のア ナログ回路、オーディオ周波数帯フィルタに良く利用 されている。 リーク電流特性は、ほぼ最良(TΩオーダー)。温度係数が小さ い(−300ppm/℃)。比較的高価。 容量の割に比較的大型で、また高温では使えないため、信号用の小型のものは 多くの用途で C0G 特性の低誘電積層セラミックコンデンサで置き換えられている。
積層メタライズド・ポリフェニルサルフェート
使用温度範囲が広い(−40〜125℃)。温度係数 が小さい(−100ppm/℃)。誘電損失が少ない。
ポリスチレンフィルム
誘電吸収が少ない。温度係数はやや大きい。高温に弱い。比較的小容量。 主にオペアンプの位相補償などに使用されていたが高温に弱くほぼ絶滅。 誘電吸収が少ない。温度係数はやや大きい。
空気
周波数特性は最良。容量は小さい。気圧が低いと放電 に注意が必要。極板の腐蝕や異物による短絡に注意。
固体タンタル電解
リプル電流耐性が低く故障モードが短絡なので注意。 基本的には電源回路など低インピーダンス回路に使用してはならない。(少なくとも3Ω/V程度の直列抵抗が必要) リーク電流が少なく長時間の時定数回路に良く利用される。 高温に弱い。周波数特性が良い。比較的高価。
アルミ電解(湿式)
大容量が必要な箇所で標準的に使用される。 逆電圧や過電圧を印加すると破裂する。長時間使わないと容量抜けが起る。 寿命は化学的摩耗故障の為、一般的に2〜5千時間程度と短い。高温、振動に弱い。 高耐圧・大容量のものが安価に入手できる。 低温では性能劣化のため使えない場合がある。 低周波用。
有機半導体アルミ電解(OS−CON)
電解質が有機半導体分子(TCQN)。 周波数特性が、固体タンタル以上(10MHz程度)。 ESRが低い。 ESRの温度依存性が少なく低温でも使える。 定格電圧の30%程度まで逆電圧が印加できるものがある。 はんだ付け直後の漏れ電流は多いが定格電圧を掛けていると自己修復作用で低減する。 3.3〜2700μF/2〜100V。 高価。
アルミポリマー電解
電解質が導電性高分子。 ESRが低い。 低電圧スイッチング電源等の大リプル電流用途に利用される。 漏れ電流は多い。 高価。
アルミハイブリッド電解
電解質が導電性高分子+電解液のハイブリッド。 ESRが低い。 低電圧スイッチング電源等の大リプル電流用途に利用される。 漏れ電流は少ない。10〜560μF/25〜80V。高価。
タンタルポリマー電解(NeoCap、POSCAP)
漏れ電流は多い。 ESRが低い。 2.7〜1500μF/2〜35V。 高価。
電気二重層電解
超大容量(数Fオーダー)。周波数特性は極めて悪い。 充放電電流は、数100μA前後しかとれないので、 主に半導体メモリーのバックアップ用に使用されてい る。耐圧は6.3V程度と低い。

4−3R 部品の個性を知る−抵抗

厚膜メタルグレーズチップ抵抗器
標準的に使用される。 安価。 周波数特性が良い。 温度係数が大きめ(50〜250ppm/℃程度)。 雑音が多め。 酸化に強く安定度が高い。 比較的高精度のものも入手可能(〜0.5%) DCからUHF帯で使用。
金属薄膜チップ抵抗器
雑音が少ない。 温度係数が小さい(10〜25ppm/℃程度)。 経年変化が少ない。 高精度(〜0.05%)のものが入手可能。 高精度アナログ回路や、低歪回路などに使用される。比較的高価。
金属箔チップ抵抗器
雑音が非常に少ない。温度係数が非常に小さい。経年変化が少ない。 超高精度(〜0.01%)の物が入手可能。超高精度アナログ回路に使用される。高価。
リード付炭素皮膜
標準的に使用されていたが、現在ではほとんどの場合にチップ抵抗が使用される。 難燃性のものがほとんど。安価。DCからHF帯で使用。 1/4Wと1/2W品が多い。
リード付ソリッドカーボン
今となっては使用されていない。過負荷時に発火する 危険がある。振動に弱い。雑音が多い。経年変化が大 きい。湿度に弱い。ある程度周波数特性が良い。安価。
リード付酸化金属皮膜
中電力回路に使用される。 耐電圧が高いものが得られるため、数100Vの回路に使用されることが多い。 周波数特性は悪い。DCからMF帯で使用。
リード付セメント平版
中電力用。主に電流検出、過電流保護などに使用され る。周波数特性は、そこそこに良い。DCからHF帯。 雑音は少ない。
リード付セメント巻き線
中電力〜大電力用。主に負荷として使用される。巻き 線であるため、周波数特性は極めて悪い。 雑音は少ない。 低周波用。

4−4 回路の特性を知る−基礎実験の奨め

 アナログ回路を設計し試作した時に、思惑通りに動作しなかった場合に、それぞ れの回路部分の特徴や特性を正しく把握できていなければ、いったいなにが問題な のか見当もつかなくて、泥沼にはまったようになってしまうことがあります。こう いった事態を避けるためにも、重要な回路部分や経験の乏しい回路に関して、でき るだけ理想的な条件で実験回路を組み基礎実験を行うことが有効です。

 まず、期待通りに動作するか確認し、色々条件を変えながら、色々な測定を行って、どういう ことがどういう影響を及ぼすか、その程度はどれくらいか、など調べてみます。実 験回路規模を小さくシンプルにして、できるだけ理想的に作っておけば、色々な特 徴や問題点を他の問題と分離して調べることができます。経験や回路に対するセン スも増えるので、実験は手間を惜しまずしておきたいものです。回路規模が大きく なっても、部分部分の回路を理解していれば、たいして難しい問題にはなりません。

 たまに誤動作するような場合に簡単に、「ノイズで誤動作して・・」などと言い 訳をするのはあまり言いたくないですよね。どういったノイズがどのように影響し ているのか判っていれば対策しているわけですから。では、どういったノイズがど のように影響してるか、というのはどうやって知ることができるのでしょう。ノイ ズに関する知識というのは、ほとんどが経験で得られるものですから、色々な基礎 実験をしていく上で、例えばESD試験をしてみたり、電源電圧を変動させてみた り、回路のすぐ側でスマートフォンやUHFトランシーバを使ってみたりして、なにがどうなるかを 調べることによって経験が積み重ねられていきます。

 また、回路をシミュレートした場合は、シミュレート結果と実際の測定結果が、 大きく違う場合は、シミュレーションに問題が無いのであれば、回路の何をモデル に入れていなかったのか、素子感度の非常に高い部分はないか、など色々調べてい けば回路の理解も深まります。


5 雑音

5−1 自然の雑音

 熱起電力による雑音

 異種の金属が接触していて、その両端で温度差があると熱起電力が発生します。 これを利用したものが熱電対ですが、それが意図しないものであった場合は雑音に なります。特に微少電圧回路ですと、トランジスタやICのピンとはんだと銅箔パ ターンとの間の温度勾配による雑音が問題になったりします。こういう場合は、温 度勾配を減らすために回路を銅ブロック上に回路を設け、配線は銅のスタッド上に 圧着で接続したりします。また、発熱をできるだけ少なくし、風による温度変化も 考慮します。

 熱雑音

電力が4kTBで表される自然の雑音です。ここで、kはボルツマン定数、Tは 絶対温度、Bはバンド幅です。例えば1kΩの抵抗は常温(300K)で4.07 nV/√Hzの雑音電力密度の雑音源と考えられます。
例題 : 具体例を挙げて考察してみましょう。

例えば、送信機に接続されるマイクロフォンの増幅器ですが、マイクの信号レベ ルが規定値以上になると、出力が飽和してスプリアスを発生したり、デビエーショ ンが広がるなどの弊害が発生するため、ある一定の信号レベルを越えないように、 自動的にレベルを制限する必要があります。ちなみにマイクと口との距離でも40 dB程度は容易にレベルが変動しますし、かなり訓練されたアナウンサーでも声の 大きさの変動は20dB程度はあります。自然さを損なわない範囲で制限をかける とすると、およそ60dB程度の制限域があれば良いものとします。ここで、制限 型増幅器を実現するのに、ボリュームの代わりに、電子式可変抵抗素子としてFE Tを採用したとします。さて、FETが抵抗として働けるドレイン−ソース間電圧 は、歪みを数%程度許容したとして、10mV程度までです。通常の小信号FET ですと、チャネル抵抗値は100Ω程度から数MΩ程度ですが、ゲートの制御電圧 に対して、ログリニアな範囲を考えると330Ωから1MΩ程度のあたりが使えそ うです。そうすると、最大で60dBのアッテネーションを得るためには、アーム 抵抗は、330kΩにする必要があります。ここで、アッテネーションが最少の時 のことを考えます。制限がかかりはじめる時のレベルで、330kΩの信号源抵抗 で10mVということで、熱雑音に対するS/Nを考えてみます。抵抗の熱雑音電 圧は、√(4kTBR)ですから、温度が最大60℃、帯域幅が20kHzとすると、 雑音電圧Vnは、

Vn =√(4×1.38×10−23×333×2.0×10×3.3×10
   ≒11 μV
S/N≒20log(10 mV/11 μV)
   ≒59dB

歪み率やS/Nの値は通信機用としては十分な値ですが、放送用としては不十分で す。性能を改善したい場合は、どのような方法が考えられますか。


ボルツマン定数 : 1.380649×10-23 [J K-1] (exact)

5−2 外来雑音

外来雑音としては、電源ラインから直接入ってくる雑音、電波として入ってくる 雑音、電磁誘導や静電結合で入ってくる雑音、機械的振動から間接的に生じる雑音 などがあります。他にも通信機などの場合は、目的の電波以外のものは総て雑音に なります。電源ラインから入ってくる雑音で、主なものは次のようなものです。

落雷や雷の誘導
故障を引き起こす大きな雑音で、数kVの誘導が発生することもあります。対策 としては、地面に対して電位を持たないように、シールドや接地を細かく行います。 また、電源ラインには、雷アレスタやサージアブソーバ、ラインフィルタを設けま す。シャシーの外に出ていく信号線にはサージアブソーバやノイズフィルタ設け、 配線は金属パイプなどの中を通しパイプを接地、または地中に埋没する必要がある かもしれません。いずれにせよ、雷の直撃を受けた場合は、ほとんど保護は不可能 です。
商用電源の瞬間停電
商用電源が1/2サイクルから数サイクル停電することによる雑音で、誤動作を 引き起こす原因になります。対策としては、電源回路の平滑コンデンサの容量を大 きくする、バッテリーを併用する、UPS(無停電電源)を使用するなどの方法が あります。
電源雑音
同じ電源ラインに接続されている、モーターや他の電子機器から発生する雑音で す。基本的には、雑音は元から断たなければならないのですが、自分はそういう雑 音を出さないような設計を心掛け、何かが少々雑音を出してもくじけない回路設計 をしておくことが重要です。具体的には、電源のインレットにノイズフィルタ内蔵 のものを使用し、必要があれば外部にもノイズカットトランスを設けて、 まず、装置内部に雑音が入らないようにします。 その上で、安定化電源の入出力部に等価直列抵抗ESRの低い 積層セラミックコンデンサや固体アルミコンデンサを使用したり、 電源ライン用のチップフェライトを直列に入れたり 電源のPSRRを改善したりします。 電源の雑音が信号線に誘導しないように、 雑音に敏感な高インピーダンス部や微少信号部は電源から離して配 置し、必要に応じて静電シールドを行います。
商用周波雑音(ハム)
昔の受信機などでは「ブーン」と聞こえる雑音ですが、今時この雑音をだすような設 計や実装は、かなり技術者として恥ずかしいものと言えます。原因のほとんどは、 どこかにグランドのループが出来ていて、そのループを商用電源の変化する磁界が 貫くことによる誘導雑音です。多くの場合、適切なシールドと一点アースで解決 できます。あるアンプが、どことどこの電位差を増幅しているかを考えれば、どの ように接続すれば良いかわかるはずです。もちろん、雑音は元から絶つという原則 から考えて、例えば、電源トランスのリーケージフラックスが多いのであれば、ト ランスに銅板を巻き、リーケージフラックスを囲むショートリングを設けて対策し ます。このショートリングに誘起する電流が発生する磁界は、もとの磁界を打ち消 す向きですから、結果としてリーケージフラックスを低減することが出来ます。 グランドループが原因でなかったとしたら、高インピーダンス部分への静電結合 を疑ってみます。高インピーダンス、微少信号部分の近くに商用電源ラインやトラ ンスがある場合、まず、それらを遠ざけます。その後、該当回路部分をシールドす ることで解決できます。負帰還増幅器の加算点(サミングポイント)では、少しの 雑音電流が流れ込んでも、負帰還抵抗倍の雑音電圧として出力されます。これを防 ぐために加算点と同電位の低インピーダンスの信号で加算点を囲むガードリングと 呼ぶ配線パターンを設けることがよくあります。静電結合でも無い場合、ことによ ると、商用電源で点燈している光が、ダイオードなどに受光して信号に混ざってい るとか、電圧のかかっているコンデンサに商用電源で動作しているファンなどの振 動が伝わって信号に混ざっているとか、といった可能性もあります。 アナログ信号の場合は、商用電源周波数の音として検知できますが、デジタル信号 やPLL発振器に影響を与えた場合には、ジッターなどに見えてわかりにくくなるため あなどってはなりません。
電波のまわりこみ(Radio Frequency Interference)
信号線などに、電波によって雑音が誘起されることによるものです。低周波アン プなどに帯域外の信号が入力されると、素子の非直線性による検波作用によりドリ フトが発生したり、バイアス条件が変化して異常動作が起きたりします。電力的に 大きい場合は、回路破壊も考えられます。対策としては、まず、出来るだけ十分な シールドを行い、外部につながる信号線には目的帯域以外を通さないようにLPF やBPFを使用します。入出力保護を兼ねて電波のまわりこみ対策を行っておくの が基本です。対策部分は、シャシーの出入口と、アンプなど半導体部品のすぐ側で す。
静電気放電(Electro Static Discharge)
ESDは、片方の表面上の静電荷の蓄積が、誘電体を介して反対の電荷を持つもう 片方の表面にアーク放電するときに発生します。電荷の蓄積を平行板キャパシタと して考えれば、電荷を保存したままその誘電体の厚みがn倍に拡がると電圧はn倍 になり蓄積されたエネルギーもn倍に大きくなります (note3) 例えば、ある電圧 に帯電している0.01mmの距離が100mmに離れたとすると電圧もエネルギー も10000倍も大きくなるわけです。これが静電気の放電の原因の一つです。 オペアンプや高周波低雑音用FETなどでは、この静電気の放電で、ベースやゲー トが破壊されたり、コンダクタンスが低下するような故障が起きたり、集積回路で はラッチアップを引き起こして致命的破壊の原因にもなります。 対策としては、まず、静電気の発生を防ぐため、装置の周囲の湿度を管理したり、 静電気が発生しにくい材質にしたりします。設計上はESDが起っても誤動作した りしないように、信号入出力に、グランドに対して並列に小容量のコンデンサと放 電経路用の抵抗、信号に直列に電流制限用の抵抗を設けるといったノイズフィルタ と、電源に対してシリコンダイオードで放電経路を設ける事でESD耐性を上げる ことが出来ます。また、信号のインピーダンスを不必要に高くしないこと、信号線 が外部に露出しないこと、シールドを正しく行うことが必要です。また、電気的に 回路のどこにも接続されていない金属(デッドメタル)があった場合ESD耐性が 低下するので、適当な電位に接続(通常は接地)します。これは、静電容量マトリ クスのメンバーが接地されていないと考えれば、他の部分との静電結合で障害を起 こすというのが理解できます。また、プラスティック部分は帯電防止コーティング を施すとESD耐性が上がります。
note3: 電圧V、距離d、面積S、誘電率ε、電荷Qとして、V=dQ/εS

5−3 雑音指数

増幅器の雑音指数は、次のように定義されます。

NF=出力SN比/入力SN比
また、多段増幅器の雑音指数は、各段の増幅度をGn、雑音指数をFnとすると
NF=F1+(F2−1)/G1+(F3−1)/(G1G2)+    ・・・+(Fn-1)/(G1G2・・・Gn-1)

この式から、NFは初段の増幅器の雑音指数をできるだけ小さく、初段での増幅度 をできるだけ大きくすることが、増幅器の雑音指数を下げるのに有効であることが わかります。ですから、受信機などのプリアンプの設計には、とても気合が入りま す。ここで忘れてはならないのが、増幅器のS/Nだけ良くても、増幅器までの配 線で減衰があると、その分だけNFが悪化するということです。プリアンプのNF を非常に苦労して1dBから0.6dBにまで下げたとしても、ケーブルの損失が 1dBあればNFは1.6dBまで悪化するということです。よくマイクロ波の受 信機でアンテナ直下にプリアンプがあるのは、この伝送損失によるNFの悪化を最 少にするためです。

5−4 部品が出す雑音

トランジスタの雑音

バイポーラトランジスタのエミッタ接地増幅器の雑音は次のように表されます。 ベース抵抗をrbb’とし、相互コンダクタンスをgmとすると電圧雑音源は、

en=√(4kTB(rbb'+1/2gm))
電流雑音源は、
in=√(4kTB(2β/gm))=√(2qIbB)
で表されます。

FETの場合は、ゲート漏れ電流をIgとして、

en=√(4kTB/gm)
in=√(2qIgB)
と表されます。

信号源抵抗をRsとすると、増幅器の入力換算総合雑音電圧は、

etotal^2=eRs^2+en^2 +(inRs)^2 +2γenin
ただし、γはenとinの相関係数で −1<γ<1の値をとります。 雑音指数は、信号源抵抗の熱雑音をersとすると、
NF=(etotal/ers)^2
で表されます。 これらから、eninが最小で、Rsがen/inのときNFが最小になることに なります。

バイポーラトランジスタでは、低電流にバイアスし、FETのゲート漏 れ電流はドレイン−ソース間電圧に指数関数的に比例して増加しますから、FET は低電圧で使用することが好ましいことが判ります。

また、周波数が高い場合は、周波数の2乗に比例する雑音が支配的ですので、遮 断周波数が高く増幅度の大きいデバイスを使用するようにします。 GaAsFETは、超高周波域での雑音は少ないのですが、HF以下の雑音特性 はバイポーラトランジスタに比べて悪いため、発振器に使用する場合CN比があま りとれないので、比較的低い周波数ではバイポーラの方に分があります。

寄生振動による雑音

トランジスタなどで増幅器を作る場合、意図しない周波数で発振が起っていたり することがあります。増幅器を設計する場合、能動素子のゲインが1以上のすべて の帯域と考えられる動作点、負荷のすべてにおいて安定条件を満たすように心掛け ます。その配慮を怠たると発振条件を満たす周波数で寄生振動が生じる訳です。ま た電源には 使用する周波数帯で十分インピーダンスの低い値のデカップリングコン デンサを入れます。入力と出力が不用意に近づいているような実装がされていると、 容量や誘導結合によって発振を引き起こすかも知れません。

オペアンプの場合はユニティゲイン周波数で位相余裕があることが必要条件です。 オペアンプに電流バッファやプリアンプをつけた場合は、その分だけ余分に位相が 回りますので、それを考慮して位相補償を行う必要があります。負荷容量が大きい 時にも位相余裕が減少しますので、位相補償の為に帰還容量を追加したり出力に直 列に抵抗を入れたりして対策します。

トランジスタの場合、特にエミッタフォロワとして使用した場合は全帰還がかか っているのとかわりませんから、非常に発振しやすくなっています。こういう場合 は、ベースに直列に10Ωから100Ω程度の抵抗を入れたり、場合によっては、 フェライトビーズをベースに入れることによって帯域を制限あるいは不要な周波数での 損失を増大させて対策します。

マイクロ波回路では、電磁輻射による入出力の結合により寄生振動が発生するこ ともあります。その様な時は、入出力をシールドで分離したり、電波吸収シートを 増幅器周囲に張り付けたり、空洞共振による場合には電圧の腹をシャントするなど して対策します。

5−5 歪み

回路に非線形な部分があれば、必ず歪みが発生します。通常の増幅器では負帰還 をかけることによって、1/帰還量に歪みを軽減しています。高精度直流増幅器の オープンループゲインが非常に大きく作られているのは、この誤差を少なくするた めです。

単一周波数の信号が歪みにより高調波を発生したとしても、LPFで高調波を取 り除くことができますが、複数の周波数の信号が非線形回路を通った場合は、必要 とする帯域内に歪みによる雑音が発生するため無視することが出来ません。例えば 近接した2つの周波数の信号が非線形回路を通った場合、それぞれの信号のn次の 高調波同士の差にあたる信号が帯域内に発生するために、スペクトラムアナライザ で見ると元の信号から差の周波数だけ離れた位置ごと歪みが発生していることがわ かります。この歪みを相互変調歪みと呼びます。この歪みは、信号レベルが大きく なるにつれ、もとの信号の倍の速さで増加します。もとの信号レベルとこの歪みの レベルが同じになると考えられる点をインターセプトポイントと呼びます。受信機 などで、目的周波数に近接して強力な信号があると、この歪みにより、激しい妨害 を受けることがあります。このとき、減衰器をいれると妨害が減るのは、信号が半 分に減っても、相互変調歪による妨害も1/4に減少するからです。

オペアンプの出力対歪み率特性のグラフを見ると、出力が小さい時に歪が増加するの はアンプの内部雑音のせいで、出力が大きくなると急激に増加するのは出力の飽和 による歪みと見ることができます。

変わった種類の音の歪みとしては、スピーカーに低音と高音が乗っている場合、 コーン紙が低音で前後するために高音がドップラーシフトした結果、周波数変調が かかるといったようなものや、発熱による特性変化による再変調歪みといったもの もあります。

スマートフォンの基地局などのデジタル無線通信の送信機などでは、送信アンプの 相互変調歪は、隣接チャネル妨害となりますので歪が厳しく制限されています。 また、中継増幅器などについても歪みが加算されていくため個別の増幅器に対する 歪の要求は厳しいものになっています。

5−6 環境問題としての雑音

雑音対策の基本は、まず雑音を発生させないことです。どうしても発生するもの は、その発生するレベルを出来る限り下げることです。電磁波として出る雑音は、 電波法によって規制されていまし、米国などに輸出を行う場合はFCCで雑音レベ ルが規制されています。医療用などではさらに厳しく制限されています。また、発 生する可能性のある周波数が、重要な放送や通信、標準電波、電波天文学などに影響を与えな い周波数になるように設計する心掛けも必要です。

不要輻射

その装置または回路が目的とする帯域以外で発生する、すべての電磁放射のこと を不要輻射(スプリアス)と呼びます。不要輻射は全く発生しないのが理想ですが、 色々と発生しているのが現状です。

パーソナルコンピュータなど、WiFiやBluetoothとかの電波の 送受信に関係のないところ、例えばクロック信号やダイナミックメモリの 信号や電源電流、オンボードスイッチングレギュレータのスイッチ素子、 ハードディスクやビデオインターフェースといったインターフェースなどから かなりの輻射があることがあります。

マイクロコントローラーなどでのクロック周波数が16MHzだと、5倍の高調 波が80MHzのFM放送(JOAU TOKYO−FM等)を直撃するといったことに気付かなければなりません。 1ms毎のダイナミック点灯の電流は40kHzの標準電波−JJYの受診妨害 になるかも知れません。

電流や電圧の急激に変化するところは、雑音の発生源だと思って間違いありませ ん。例えば、周波数ミキサー、チョッパ、スイッチング電源、モーターのブラシ電 極、高速サンプル・アンド・ホールド回路、ロジックIC回路などがあります。 また、送信アンプなどでは増幅素子の非直線性によって歪みが発生して、高調波 が出ますので、ローパスフィルタなどで不要な帯域を取り除き、場合によっては、 増幅素子に負帰還をかけて歪み自体を改善することもあります。 不要輻射を減らすためには、次のような対策を行います。

雑音は元から絶つ 雑音が発生しても少しで済むようにする 雑音は外へ出さない

6 過渡特性

6−1 電源投入、切断時

 電子回路が誤動作を起こしたり、故障を起こす一番可能性が高いのは、電源を入 れたり切ったりする時です。電源を入れた時には、回路のコンデンサを充電するた めに突入電流(ラッシュカレント)と呼ぶ大電流が流れて、素子の規格を超過した り、回路の各部の電圧や電流が定常状態になっていないために、異常な動作をした りする場合があるからです。また、消費電力が0からある値に急に変化するわけで すから、熱的な衝撃(サーマルショック)により、パッケージや内部配線などの熱 膨張率の違いなどで歪みが発生して故障するといったことにつながります。 電力が小さくても、ボンディングワイヤーなどでは過大なストレスとなり得ます。 こういった障害は、適切な設計をすることにより防ぐことの出来るものですから 定常状態以外の設計をしっかり考慮することです。

 突入電流の別の例として、白熱電球は電源の投入時に切れることが多い理由と対 策を挙げてみます。白熱電球のフィラメントは、ニッケル、クロム、タングステン などの金属の合金ですが、金属の電気伝導度は温度が高いほど悪くなります。つま り、電球が消灯して冷えているときの電気伝導度は、点燈時に比べて何倍も大きく なっているため、電源投入時には10倍を越える電流が流れることがあります。こ ういう大電流が流れると、金属が急激に熱膨張したり、またローレンツ力で振動を 受けたりして切れることや、その時にフィラメント同士が接触して過電流が流れた りして熔断に至ることになります。こういう故障を防ぐためには、完全に冷えきら なければ過電流は小さくできるわけですから、常に光らない程度に電流を流してお くとか、電球に直列に電流制限抵抗を入れるといった対策が考えられます。 信頼性が要求される交通信号器も電球を使っているものは 夜中に見ると点燈していない信号も、 ほのかに光っているのが見え、そういった対策を行っているのがわかります。 もっとも、最良の解決策は過渡時に問題が発生しない部品を採用する事ですから 高輝度LEDが安価になった現在は、故障率の低いLEDランプに置き換わって、 白熱電球を使用したものはあまり見かけなくなりました。

6−2 入力の急峻な変動時

 フェーズロックドループの入力周波数がステップしたときや、アンプにステップ する信号が入った時など、定常状態に落ち着くまでの間に、どういう挙動を示すか、 どれくらいの時間がかかるか、といったことを設計時に考慮する必要があります。

 例えば、A/D変換のアンチエイリアスフィルタなどで、周波数特性だけにとら われて設計したりすると、サンプリング周期の間にリンギングが収まらなかったり して必要な精度が得られなかったりします。温度制御回路などでも熱の伝達関数を見 積もり間違えてたりすると、温度が安定するのに非常に時間がかかったり、温度が リンギングを起こしたり、下手をすると発振して熱的暴走を引き起こしたりします。 閉回路制御みたいに、ある伝達関数を実現するように設計する場合もありますし、 アンプなどの場合は、基礎実験でステップ信号を入力し、およその特性や伝達関数 を得てから設計を進める場合もあります。アンプの場合は、波形を重視する場合は 群遅延特性が平坦になるように位相補償をしておけば、 ステップ入力に対してリンギングがほとんど発生しません。

 アナログスイッチでは、制御線が変化する時にゲート容量を通して電荷が信号線 側に伝わり、雑音や誤差になります。サンプルアンドホールド回路では、ホールド コンデンサが小さい場合に問題になります。例えば10pCの電荷がゲート容量を 通して1nFのホールドコンデンサに分配されたとすると、ほぼ10mVの電圧に なるわけですから、逆相の制御信号を作って電荷を中和してやるなどの必要がある でしょう。

6−3 飽和やカットオフ時

 アンプやトランジスタに過大な入力が入った場合に入力や出力が飽和したときに どういう挙動を示すかを考慮して設計する必要があります。基本的には、スイッチ ング回路などは別として飽和やカットオフが起らないように設計します。定常状態 では飽和しなくても過渡的に飽和やカットオフしたりすることがありますので、飽 和、カットオフ状態やそれらの状態からの復帰特性がどうなるかを知っておく必要 があります。

 バイポーラトランジスタでは、小数キャリアが電流を担っていますから、Vce が低くベース電流が多い時に飽和が起こり、ベースにキャリアの蓄積が起ります。 飽和した場合、キャリアを引き抜かない限り、復帰に数10μsかかることも 珍しくありません。多数キャリアが媒体のFETではキャリアの蓄積は起りません。 LEDやスイッチングダイオードでも、高速にオフにするには、逆バイアスをか けてキャリアを引き抜かなければなりません。

 オペアンプで、最大同相入力電圧を越えると、出力極性の反転が起こるものがあ ります。片電源動作可能なオペアンプは、負電源と同じレベルまで同相入力電圧を 許容しているものです。オペアンプはコンパレータではありませんので、出力が飽 和した場合の復帰に数10μを越える時間がかかることがあります。また、そうい った過渡時に異常発振を生じたりすることがあります。

 バッファアンプに良く使用されるコンプリメンタリプッシュプル回路ですが、バ イアスをABクラスで行っていてもトランジスタの片方がカットオフしている状態 から能動動作領域に戻る時間遅れの為に歪みを発生します。


7 再現性・精度・安定度

7−1 素子感度

 同じ精度の部品を使用しても、そのばらつきの影響が少ないように設計すれば、 ばらつきの少ない回路が実現できます。ある回路のある素子のパラメータ、例えば 抵抗値をある一定の割合だけ変化させた時に、その回路の特性が影響を受ける割合 を素子感度と言います。

 極端な例として例えば、10次のアンチエリアシングフィルタを構成する 場合、ザレン・キー型のフィルタブロックをカスケード接続して構成したとしたら、 高Qのステージの素子感度が非常に高く再現性が悪いことが判ります。こういう場 合は、ダイナミックレンジと低域を犠牲にしてGIC型にするか、アクティブ素子 が増加するのを許容してステートバリアブル型にして素子感度を下げます。素子感 度が低いということは、再現性が高い、無調整化できる、高価な部品が不要、故障 率が低く出来る、といったメリットがあります。

 デジタル信号処理全盛の今日では 前処理・後処理のアナログ回路部分をできるだけ簡素にして、難しいことは全部 デジタル信号処理で済ますようして再現性や安定度を得るようになっています。

7−2 無調整化

 調整の手間とコストはかなり大きなものですし、 調整できるということは不調にもできるということで信頼性の低下や故障率の増加にもつながるため 、出来るだけ無調整化を図ります。

調整用部品、多くの場合トリミングポテンショメータかトリミングキ ャパシタなど、は機械的可動部を持ちます。機械的可動部を持つ部品は洗浄時を考 慮しなければならない、機械的振動に弱い、接点の酸化や磨耗、ごみなどによる接 触不良が起き易い、など信頼性を大幅に低下させる原因になります。また、普通の 部品に比べて高価であったり、実装スペースが多く必要なものであったりします。 例えば直流アンプのオフセット調整用のトリマを設けるよりは、入力がグランド レベルの時の値を引き算する回路を付け加えるといった方法で無調整化したり、マ イクロプロセッサや、A/Dコンバータが搭載されている場合は、 デジタル・ポテンショメータやD/Aコンバータ等を利用した 自動キャリブレーションの機能を載せることも考えられます。


8 熱設計

8−1 温度変化や熱の回路に対する影響

 温度変化や温度勾配は色々なところで、回路の特性に影響を及ぼします。 抵抗やコンデンサなどの値は300ppm/℃くらいのものが多く、30℃の温 度変化で1%程度の変動になります。シリコン接合の順方向電圧も約−2mV/℃、 シリコンプレーナトランジスタのhFEは1%/℃、コレクタ飽和電圧は0.5%/ ℃くらい、変化します。

 定電流バイアスしたダイオードや測温抵抗を温度計センサ として使用する場合、自己発熱による温度上昇と、周囲の風の影響で測定誤差が増 える場合がありますので、バイアス電流を少なくする必要があります。

 差動増幅器では、ふたつの能動素子の温度の違いによりオフセット電圧ドリフト が発生することがあります。高精度な直流差動増幅器では、同じチップ上の隣り合う2 つのトランジスタを使用したり、隣接する4つのトランジスタを対角同士ペアにし て熱勾配の影響を軽減しています。 このような増幅器ではもちろん抵抗器や配線の温度差による熱起電力も考慮に入れなくてはなりません。

 パワーアンプのトランジスタのバイアス回路や、過電流保護回路は、パワートラ ンジスタに熱的に結合したトランジスタなどを使用して発熱による特性変化に対応 するようにします。

 パワーオペアンプなどで、低周波(熱抵抗と熱容量の時定数に比べて低い周波数) の信号を出力すると、温度によって特性が変わるために、変調を受け、歪率が悪化 したりします。

 ミリ波の超低雑音増幅器では、素子の熱雑音を減らすために液体窒素で冷却して いるものもあります。

 水晶発振回路などでは、温度補償型のものでも温度変化により0.3ppm/℃ 程度は変動しますからから、VHF以上の周波数では温度安定度に対する要求が厳しく なります。1GHzの0.3ppm×10℃は3kHzになります。 もし温度補償のない水晶発振器の場合で25ppm/℃だとすると250kHzもの 変動になります。VHFのFMならともかく、通信機として考えると、通信への 影響どころか下手をすればオフバンドや安定度で電波法違反になってしまいます。

8−2 放熱設計

 放熱設計をするときは、電気回路のようなモデルに置き換えて考えると簡単です。 オームの法則みたいに、あるθ[℃/W]の熱抵抗に、P[W]の熱が流れると、 T[℃]の温度差が発生する、と考えるわけです。熱容量がある場合は、CRの時 定数回路と同様に考えます。放熱器を決めるには、次のようにします。例えばあるパワートランジスタがTO−220型のパッケージで 25℃での最大消費電力が15W、最大接合部温度が175℃、チップからパッケ ージへの熱抵抗が3℃/W、パッケージから雰囲気への熱抵抗が50℃/Wとしま す。この部品に最大で5V、1Aで5Wの電力消費があるとします。最大保証動作 温度を50℃とするとどうすればよいでしょう。5Wの消費電力が許容できる最大 接合部温度は、

Tjmax=175℃−(175℃−25℃)×(5W/15W)
=125℃

 接合部と外気温との差が、75℃ということになりますから、 必要な、総合熱抵抗は

θtotal=125℃/5W
=25[℃/W]

 安全係数を2倍見込んで、12.5℃/Wが要求値とすると、放熱器とパッケージ との間の熱抵抗を0.5℃/Wとすると、放熱器の熱抵抗θhsは、

12.5−0.5−3=1/(1/50 +1/θhs)[℃/W]
θhs≒11℃/W
の物を用意すれば良いことになります。 放熱器の温度抵抗は、発熱による上昇気流 によって冷却される分を見込んでいますから、フィンの向きは鉛直方向に空気が流 れる向きにします。放熱器もこの程度の大きさだと大したことがありませんが、熱 抵抗が1℃/Wくらいから、だんだん現実的でない大きさになってきます。それは 体積は3乗のオーダーで増えていくのに対し面積は2乗のオーダーでしか増えない からです。ですから、消費電力が大きい場合は、トランジスタを複数に分けて熱の 分散を図ります。放熱器に、あたる風が、ほんの数m/sでも等価熱抵抗は随分と 下がりますから騒音と信頼性の点で問題が無ければファンで強制空冷を行います。

 装置を筐体内に格納する場合には、筐体内の発熱量と通風量から筐体内温度と吸気 温度の差を見積もる必要もあります。

温度差 [K] = 内部発熱量 [W] /(空気密度 [kg/m3]・ 空気比熱 [J/kg・K]・風量 [m3/s])
ですので、例えば筐体内消費電力が 110W、風量が 0.02 m3、 空気密度×空気比熱をざっと 1.1kJ/K/m3 とすれば、温度差ΔTは、
ΔT=110/(1100×0.02)
=5[K]
となり、5度の温度差となります。空気密度や比熱は気圧や湿度により変わります ので標高が高い場合などは特に考慮する必要があります。

これ以上の放熱が必要な場合や熱流束が大きい場合には、ヒートパイプを利用した 強制空冷を行います。ただし、ヒートパイプは有効動作温度や取付角度の制限が ありますので設計にはより注意が必要です。それ以上の発熱の場合は、水や冷媒を 使用した液冷や極端な場合には気化冷却を行うことになるでしょう。


9 信頼性

9−1 故障率

 形あるものは、統計的にある確率で故障(誤動作を含む)するものです。ある製 品なり部品についてみてみると、故障率に3種類のパターンがあることが判ります。

  1.  最初は、時間の経過とともに故障率が減少する、初期不良期間。
  2.  次は、安定して一定の低い確率で故障する、偶発故障期間。
  3.  最後は、寿命がやってきて故障する、磨耗故障期間。

初期不良は、エージングを行うことによりある程度排除することができますし、 色々な製品で1年程度の保証期間を設けているのは、この初期不良に対応するため です。

 問題になるのは、偶発故障です。あるものの単位時間あたりの故障率をFITと 呼びます。故障が起こるまでの期間の平均値をMTBFと呼び、ともに信頼性を考 慮、評価する上で、重要な指数です。 故障率は積算されますから、例えばMTBFが3年のハードディスクを18台使 用した製品を30台出荷したとするとどうでしょうか。この製品は単体でMTBF が3×12ヶ月/18で2ヶ月、それを30台出荷したら2日に1台は故障を起こ しているということになります。こんなものでは、たまったものではありません。

部品の信頼性

 故障率の高い順番に部品を挙げていってみましょう。だいたい次のような感じに なります。通常の設計だとコネクタ、トリマ、電解コンデンサをできるだけ使用し ないように心掛けるだけでも、ある程度信頼性は良くなります。ちゃんとした会社 の部品や製品には信頼性に関するデータがあるので必ず参考にします。

最悪
  1.   根本的に消耗品であるもの。蛍光管、電球、バッテリなど。
  2.   機械的接触部を持つもの。可変抵抗、コネクタ、スイッチなど。
  3.   化学反応を利用しているもの。電解コンデンサ。
  4.   小さなエネルギーで壊れるもの。LSI、チップ部品、水晶。
  5.   使い方を間違えなければあまり壊れないもの。ICなど
  6.   定格内で使用していればあまり壊れないもの。トランジスタなど。
  7.   結構頑丈なもの。フィルムコンデンサ、整流ダイオードなど。
  8.   単純なもの。抵抗、コイル、トランスなど。
  9.   ほとんど壊れようの無いもの。配線、基板。
最良
接続部の信頼性

部品以外で重要な信頼性要因として、はんだ付けなどの接続部があります。信頼 性の低い順に、コネクタ、はんだ付け、圧着、溶着になります。 はんだ付け部の信頼性は、はんだ付けの管理がされていない場合かなり低いもの になります。はんだ付けに関して考慮するべきことをいくつか挙げておきます。

9−2 故障モード

 部品の故障のしかたの特徴を知っておかないと、故障した場合にひどい事態にな ります。部品などの個性を知り壊れかたの特徴も知っておく必要があります。

例えば、固体タンタル電解コンデンサの故障モードは短絡ですので、電源部に使 用していたりすると、電源短絡事故から出火ということになりかねません。 CMOSのICもラッチアップが発生すると電源の短絡事故と同じです。 メタライズドフィルムコンデンサは、ピンホール短絡が生じた場合、自己修復し ますので安心して電源用に使用できます。大方の抵抗はオープンモードで壊れます から、不燃性抵抗やチップフェライトなどでは最後の砦的なフューズの代わりに使用できたりします。 アルミ電解コンデンサはドライアップによる容量低下と損失の増加が起こります。 定格を超える電圧がかかった場合、破裂事故になります。トランジスタのVbeブレークダウンは、 hFEの低下を引き起こすし、過負荷の場合、短絡モードでもオープンモードのどちらの故障モードにもなりえます。

9−3 環境耐性

 自動車などに搭載する製品は、耐振動性と広い動作電圧範囲と温度範囲が要求されますし耐硫化性も必要とされます。 食品関係や温泉地等でも耐硫化性は重要です。 山岳に設置される製品などでは、低気圧、低温での動作が要求されます。 工業計測関係だと、雑音、温度変化、振動、溶剤や酸化性雰囲気などに対する耐性が要求されます。 軍事用途では、極めて高い耐G性能や放射線耐性なども要求されます。 航空宇宙用途では、真空中での動作や放射線耐性、高い耐G性能が要求されたりします。 耐細菌性が要求されることもあります。 掘削関係では、200℃を超える高温動作が要求される場合があります。 色々な環境に弱い部品の例を次にあげておきます。

9−4 フォールトトレラント

 高信頼設計のテーマとして、フォールトトレラントというのがあります。これは もし、回路の一部に故障や問題が発生しても、システム全体としては正常な動作を 続けられるように考慮されているものです。これを実現するために、システムを多 重化し、故障検出や相互監視機能を持たせたりしています。システムを多重化して いれば、全てのシステムが同時に故障する確率は、単独故障する確率に比べて非常 に小さくできるという統計的事実に基づいています。

9−5 フェイルセイフ

 フェイルセイフは、重要な回路が故障するなど、あらゆる状況を想定して、その場合にも大事に至らないように、少なくとも致命的事故に ならないように故障しても安全な方向に故障するように設計する姿勢です。安全な方向というのは、例えばバルブやドアで言えば、 ロックなのかリリースなのかは状況に応じて異なりますし、人が介入すれば大丈夫なようにするのか、 人が不在でもどうにかなるようにするのかでも異なります。安全な条件を仮定せず、 かつ第三者が理解できる形でドキュメントに残しながら協議しフェイルセイフの方向を決めて行くことが必要です。

9−6 安全性

 信頼性の最後に、回路設計にとって最も大切なことはなんでしょうか。 実はそれは、性能でも機能でもなく、人にとって安全なことです。 機械や装置の代わりは用意出来ても、人の命は代わりのないかけがえのないものです。 ユーザーがめちゃくちゃな操作を行ったりした場合にでも、故障のときでも不良のときでも、 また出来得る限り落雷や水害の際においても、なんとしても事故や災害や発火を阻止し、 感電や破裂や毒物・危険物による被害も出さないように万全の上にも万全の細心の配慮のある設計が必要です。 その設計は回路設計のみならず、機械的な要素からシステムや環境、運用や誤用対策までを含めた 全体の設計が必要です。電子技術者以外の技術者や関係者とも円滑なコミュニケーションを持ち、 安心して使える回路・装置・システムを作り上げましょう。


10 技術の継承

10−1 その先に

 調べなければならないことも、学ばなければならないことも、経験しなければならないことも数多くありますが、人生、死ぬまでその連続です。 自信を持って人前に出せる回路を作れるように努力し、ドキュメントも残してていきましょう。 あなたが蓄えた技術と知識を後輩に、そして後の世に伝え、私たちの社会に貢献し、 みんなが科学技術の恩恵に浴し便利で、健やかな世界であるように考えていきたいものです。


改定履歴

1995年 4月24日 初   版
1995年 4月25日 第2  版
1998年 3月19日 第2.1版
2000年10月11日 第3  版
2005年 2月26日 第3.1版
2020年 7月28日 第3.2版
2021年 9月18日 第3.3版

(c) 1995, Takayuki HOSODA.