硯という字は「石を見る」 ‐ 硯の表面拡大画像
2014年2月12日
細田 隆之(柳崖)
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墨の擦り心地の違いはどこからくるのか。硯の表面を拡大観察してみました。

目次


拡大画像はすべて同じスケールで約 190[pixel/mm] です。 拡大画像は乾燥した状態で撮影しています。
使用感は私の主観です。感想は変わることがあります。

ゲージ(サイズ比較用)
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玉山羅紋
昭和40年台後半に買った初心者用の安い硯です。
密度が低く鋒鋩も弱く、枯れた硬い唐墨はほとんど下ろせません。
でも波浪状の構造のおかげか、あまり枯れてない柔らかい和墨はよく下ろし摺り心地もぬるぬるとして良いです。
相性の良い墨は膠が枯れていなくて泡が立ちやすく粘りますし、 よく練ってから水で薄める必要があります。
油煙の濃墨か、滲みを活かした松煙の淡墨の漢字書には使えますが、仮名とか墨の伸びが必要な用途には厳しいです。
離墨は良いのですが、膠が詰まってくると墨下りも墨色も悪くなってくるので、たまにぬるま湯でブラッシングとかした方が良い感じです。
値段の割に結構イケます。

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歙州
波浪状の構造のおかげで墨の当たりが良く、とろけるように良く下ろします。離墨が良く手入れが簡単です。膠の枯れていない若い墨に相性が良いです。

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歙州(旧坑)金星
波浪状の構造のおかげで墨の当たりが優しく、硬い墨は滑るように、柔らかい墨はとろけるように良く下ろします。離墨が良く手入れが簡単です。
金星は綺麗ですが、金星の中に粒度の大きい酸化鉄のような砂が混じっていることがあります。
これが残っていると墨色が濁るし摺り心地も悪いし、磨墨時に剥がれて墨側に固着すると酷く墨堂に傷がつくので、見つけたところは針で突付く等して取り除きました。

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澄泥 鱔魚黄
見た目も手触りも随分と粗いのですが、墨を摺ってみると宋抗と歙州の間のような感触で、尖った粗さではなくてなめらかな粗さとでもいうような感じです。
菜種油煙の和墨には食いつきが良すぎて墨が柔らかく感じて相性があまりよくありませんが、硬い唐墨や松煙墨はすらすらと良く下ろして良い感じです。

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洮河緑石
鋒鋩は細かく緻密で均一で老坑端渓と似た感触で細かくよく下ろします。磨った墨はさらさらで濃墨にも良く、また薄めた時の墨色も良くて淡墨にも適します。
黒い斑点のような部分は、硬くて磨墨の妨げというか墨色が濁るもとなので、 無ければ良いのにと思います。もし無ければ老坑に匹敵すると思います。

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端渓 老坑 大西洞
鋒鋩が緻密で均一でやや細かくよく下ろします。墨を擦った分だけ融けていく感じで淡墨から超濃墨まで墨の微妙な調整がしやすく、仮名細字に愛用してます。
ルーペで見ると数10μmくらいの鋒鋩が緻密に全面にあって、その分布が峰を連ねたような1mmくらいのさざ波のようなミクロな構造を持っています。
細名倉で面研した後。

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裸眼立体視用ステレオ画像(交差法)
#1500の耐水サンドペーパーで面研後、ジフで仕上げた場合。

端渓 老坑
鋒鋩が緻密で均一で極めてよく下ろします。墨の擦り心地はいわゆる熱釜塗蝋の如しですが墨を選ぶというか枯れた硬い墨に相性が良いです。

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端渓 (新)坑仔厳
鋒鋩の密度や粒度や石質にむらがありますが墨を選ばずよく下ろします。
白くふわふわしてみえるところは硬く擦り心地は少しもこもこして一定な感じがしません。

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端渓 朝天厳
鋒鋩の密度や粒度や石質にむらがあります。細かすぎて下りは良くありません。擦り心地はむらがあるもののなめらかです。

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端渓 宋坑
鋒鋩の粒度や密度にむらがあります。むらは大きく粗い粒子が比較的多いので墨の下りは早いのですが、菜種油煙の和墨では擦った墨が粘るように感じられます。

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端渓 坑不明(*1)
鋒鋩の粒度や密度にむらがあります。鋒鋩は荒くがさがさで墨の下りはそこそこですが泡が立ち、擦り心地はつっかかる感じで心地良くありません。

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雨畑 硯板(*2)
柔らかい和墨はよく下ろしますが泡が立ちやすいです。石が非常に柔らかく白名倉や伊予砥でも灰色のとぎ汁が出るほどで、硬い墨をすると墨色が濁ってしまいそうです。

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阿州 氷雪巌
写真では半透明感のせいでわかりませんが、全てが鋒鋩で10μmくらいの粒度を持っています。
雪のような白い粒は粒子ではなくて気泡を含む氷のような風合いで乱反射して白く光っている箇所です。
極めて緻密で硬く、密度も 2.60g/cm3と高く、 硬い墨でも柔らかい墨でも音もなく極めて細かく下ろします。
数滴の水で質の良い墨を擦り始めると霞が立つような擦れ方で、 墨が溶けた分だけ墨液が増えるので、まるで墨が湧いて出るような錯覚を覚えます。
これ以上の熱釜塗蝋感は知りません。 擦墨した墨液は極めて細かく濃墨ではよく伸びて掠れず、また、どんなに淡墨にしても綺麗に拡がります。

雪紋100%(笑)
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氷紋100%(笑)
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氷雪氷裂紋(笑)
hyoretsu-5x.jpg hyoretsu.jpg
氷裂紋100%(笑)
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阿州 雪渓巌
雪渓紋100%(笑) (黒い斑点は墨)
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詳細不明の緑石
磨墨にはまるで使えないような単なる石が、困ったことに硯の形に加工されて売られている。
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Appendix

硯の目立てに適した研磨剤は…ジフだった!

硯には鋒鋩と呼ばれる石英の微細な粒があって、それの細かさや密度や並び方や石を構成する他の鉱物の組成で、実用上の硯の良し悪しが決まるといっても過言ではない。
硯を買ってきたら墨堂の面の曲面を自分好みにサンドペーパーや砥石で面研磨した後、墨がすれるように面を整える。
この面を整える、つまり前述の鋒鋩を残して他の柔らかい部分を落とすことが、擦り心地や墨の色や特性を引き出す溌墨につながる。

面を整えるためにはどのようなものが良いのだろう。
泥砥石はどのような硯にも使ってはならない粗悪なもので論外だが、サンドペーパーや人造砥石は硬すぎて鋒鋩でさえ削り落としてしまう。
刃物の仕上研に使う中山や奥殿の砥石も硬すぎで、面研磨後の粗い削り痕をならすのには使えるが、硯の仕上げには適さない。

やや柔らかめの中仕上げ砥に使われる凝灰岩の伊予砥で仕上げてみると、どうだろう。
混じりけの少ない伊予都の柔らかい部分だけで研ぐと、少しはマシなものの小傷が入ったりで、これで仕上げても何回か墨を擦って洗ってを繰り返さないと面が落ち着かない。
墨をすることで、つまり削り損じた柔らかい石の部分が墨を擦ることで摩滅するまで、鋒鋩を引き出せていない。
合砥と呼ばれる天然の仕上げ砥石の面を整えるのに使われる名倉という砥石がある。
その中のひとつ、白名倉の細(コマ)という種類のを試してみると、こちらの方が柔らかく不純物も少なくて具合が良い。
ではもっと柔らかい砥石をということで、刀剣研磨につかわれる内曇(刃艶)砥を試してみたらもうちょっと良い。
研磨後に1,2回墨を擦って洗ってやればこなれた感じになる。

じゃあ、もっと混じりけが少なくてモース硬度3〜4くらいの研磨剤だと、 鋒鋩とそれを支える長石だけ残して雲母とか柔らかいのは落としてくれるんではなかろうかと、探したら、なんと台所にあった。
ジフ
(*3)である。ステンレスを傷つけないのを売りにしてて、研磨剤はモース硬度3のカルサイト(方解石)100%。
こいつはいけるかも?と下地磨きの後、ジフを歯ブラシにつけて端渓の(新)坑仔巌の墨堂をぐるぐると研磨して、仕上げにキムワイプ S-200 (*7)で拭うようにぐるぐる拭いてよく洗い流した。
カルサイトは柔らかいけれどジフの粒度は粗いのでこなれて細かくなるまで磨くのが良いみたいだ。
そうすると、金線や鉄鉱石みたいなところや黒雲母は削れ落ちて、鋒鋩の石英が多く残るのかふわふわとした銀色味が増して氷紋がはっきりした。
何度も洗硯を繰り返さずとも、1,2度墨を摺って洗った後からは 硯のグレードがひとつ上がったような、老坑の摺り心地をちょっともこもこさせたような感じになった。
前にあったような摺り心地のむらや引っ掛かり感も随分減って良くなって、泡も立たずにぬるぬると擦れる。
ジフのアルカリ分のおかげか端に残ってた古い墨も綺麗に落ちて見た目もよくなった。

写真中の砥石は左下から時計回りに、中山並砥、泥砥石、伊予砥、白名倉、内曇。
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ジフの前の下地磨きは #1500〜#2000程度の耐水サンドペーパーが良いようである。
その辺りのメッシュ(番)が良いのは、観察的に鋒鋩の粒度が10〜20μm あたりであるようなので、 サンドペーパーのメッシュ#1500の平均粒度10μm(*4)と符合しているように思える。
白名倉などの柔らかい天然砥石と違って、サンドペーパーの硬いカーボランダムは、 硯石の固いところも柔らかいところも均一に削ってくれるので、 下地を作るのに適している。
ご興味のあるどなたか追試されたし。

老坑を熱釜塗蝋に仕上げる研磨剤…それは#4000のエメリーペーパー
仕上げに関しての追記。 仮名細字で使うにはジフ仕上げのままだと目が立ち過ぎに感じるので、
#4000のエメリーペーパーで目詰りするところまで乾燥状態で磨いて目を潰してから、
数回墨を擦ってみたところ、滑らかさが増して墨液が濃墨でも掠れにくく伸びるようになった。
エメリーペーパーは使用前に互いを擦り合わせて予め粗い目を潰しておくのがコツである。
ジフ仕上げをしない場合は、やはり柔らかい内曇や中山(*5)の柔らかい色物などの合せ砥(*6)が良いようである。
少しの水で軽い力で研ぎ、その砥泥をキムワイプでグルグルと拭うように磨くと良い。
内曇はジフよりは細かく仕上がるが、#4000のエメリー仕上げ程は細かくない。
この辺りは硯や墨とのマッチングが大切でありどれが良いとは一概には言えないが、 私の持っているものでは、宋坑、歙州にはジフ仕上げが、
羅紋硯は内曇の後にジフ仕上げが良いようである。
老坑と洮河緑石は#4000のエメリーまで仕上げた方が溌墨が良く、 坑仔厳と朝天厳には柔らかい合せ砥がマッチするようである。
主観だが、全般的にはジフ仕上げでよく、 鋒鋩が密なものはそれに加えて#4000のエメリー仕上げした方が溌墨が良い。
石質の硬軟のむらがあるものの場合は柔らかい合せ砥仕上げが適正に感じる。

中山 軟質な赤環巻
柔らかくて傷がつかず、硯の仕上げに良かったもの。
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Note
*1: 購入時の箱には「麻坑」とあるが、かさついて荒く麻子坑とも思えず。沙浦か?
*2: 雨畑硯の里で調達した雨畑硯の原石を研磨したもの
*3: ジフ : ユニリーバのクリームクレンザー
*4: 研磨材粒度 (JIS R 6001 : 1998) による。 沈降法の累積高さ50%点の粒子径 (ds50値) で #1500 の研磨剤の粒度は 10.5±1.0μm, #2000 で 8.5±0.7μm である。
*5: 中山 : 京都の梅ケ畑向ノ地で採掘される仕上げ研ぎ用の天然砥石。
*6: 合せ砥 : 砥石の表面を平らにしたり,あぶらを取ったりするための粘板岩の小片。
*7: キムワイプ S-200 : 日本製紙クレシアの産業用ワイパー

著作権とライセンス
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